■毘嵐風■前編
黒の組織は滅びた。(さっくり)
爆破による暗殺、爆破による証拠隠滅をはじめ、取り引き現場の近くに
遊園地があれば、ジェットコースターに乗りに行ってしまう、思慮に欠
けるのか単に趣味なのか、黒づくめの服装の構成員など、解り易そうで
曖昧模糊とした組織は、多種な業種が特徴とみられた。
更に彼等は社会構造のどの層にも巧みに入り込み、またその層の人間を
某かの方法で仲間に引き入れる事に長け、犯罪組織としては、大変に大
きなネットワークを持ち、末端から深部への捜索侵入は非常に危険を伴
いかつ、公的な警察組織などは彼等の存在すら気付いてない事もあった。
故に、今回の劇的な壊滅は短期間に黒の組織の根元に止めを入れて、全
体の動きを停止させた上で総べてを平らげてしまわねばならなく、この
行動に加担したのは、多種多岐に渡る人材と、またもや組織。
一種のスケープゴートとなった彼等と、同じ水を飲みつつ、彼等よりは
目立たない方法で存在していた組織、まったく別の種類の団体、そして、
黒の組織自身に対抗する個人、その人物のコネクション等等。
黒の組織と同じ位に瑣末な端末を持つ人員構造を、この時の為だけに組
み上げて、事が終われば何も無かったように消えてしまわねばならない。
そうして、頭はひとつ。
命令系統が増えれば増える程に混乱の元になる。ヘッドは一般市民がつ
とめた。極めて頭脳明晰で、合理的な、更にそのサポート&ボディガー
ドには彼よりやや社会の裏を良く知り、多少の酷薄さを持つ人間を。
真の悪党には法など、甘い人間の玩具にすぎず、彼等を本当に悔い改め
させるには粛正という形でしか効き目はあり得なかった。
ヘッドの中で、人の罪は司法の手へ委ねるという理想と、 殺人にはそれ
をもって報いるという現実が、せめぎ合いやがてたった一度の機のみで
という約束の元、合理性でその策を施行した。
こんな戦いは一度でいい。こんな事の為に死んで良い人間は、彼等側の
中にはひとりもいなかったから。それもひとつの欺瞞の正義だったが・・・・・。
黒の組織の中枢を襲撃したのは、いくつかに分けられたグループの中で
も、戦争という名の戦闘経験が多い人員で構成されたものだった。
本部にはコードネームを持つ組織の者がいるだろう事、襲撃する側に被
害がでるとしたらここが一番確率が高いというヘッドの判断でだ。
そしてまた、本人が参戦した場所も此処。
戦略法は既に何度も行われたミーティングで、メンバーは熟知していた。
作戦がスタートする頃には、ヘッドである民間人工藤新一もコマのひと
つにすぎない者になっていたが、彼はこの粛正すべき組織のボスを他人
の手に煩わせようとはひとつも考えてはいなかった。
組織の壊滅は彼のほの暗い熱望でもあり、新一はこれが正義とか平和の
為等とは、思ってはいなかった。ただただ、もう自分が後悔をしたくは
ないため、自分や灰原哀を含めた身近な人々の生活、更には現時点では
予測不能な組織の餌食となるやもしれぬ誰か達の為だけの私戦なのだ。
だから、参戦したものはどこかの構成員であれ、個人であれ、彼等の等
身大に添ぐあったレベルの危険の中で戦うべき。
ならば、自分は。
暗い熱望で多数の人々を、この戦いにまみえさせた自分は、ボスと対峙
すべきだろう。それは理性的な判断でないかもしれないが、自分と交わ
した血の約束のようでもあった。
本拠地の破壊と共に、工藤新一の移動通路は他の者によって確保された。
特別扱いではない、ボスを倒す人員の作戦効率を上げる為にだ。
暗い非常灯の下、二種の銃声を聞きながら彼は影と共に黒の組織の首座
の元へと進んだ。
「やっと本物の面、拝ませてもらったぜ…!」
新一の声に熱情と刺すような冷たさが籠る。
ゲートは幾つもあり、ボスを守る死神を多数いた。それらは影のひとつ
が残って屠った。新一ももつひとつの影も一顧だにせず駆け抜ける。
残した影は人には殺せない。普段は人ではない者と戦う者だから。長く
黒い髪が生きているものの様に流れ、血飛沫もあがらず、ただ相手が短
く呻く声だけが残り倒れ臥して行く。舞踊の殺人術の持ち主。
短く身の上を説明するなら、新一の父個人のコネクションで得た人材で
普段は遺跡の管理保持を主なる目的とする団体の、やや荒事を担当する
部署に所属する、一種の達人。
「おまえは……!」
「ただの探偵さ、お前らが虫ケラと呼ぶな」
見えない早さでボスの手に銃が構えられたが、その銃口を斜の切り裂く
一閃が走る。
「むっ!」
机に深々と刺さったカードに、男は唸り探偵の背後を見た。彼は独りに
しか見えなかったが、影に何者かが潜んでいたのが今ので解ったから。
「私はただのマジシャンです。貴方方には眼中にも入らない……」
慇懃無礼な挨拶が白いマントが翻る幻とともに為された。
「キッド……!?まさか、探偵と怪盗が?」

「利害が一致すれば、おめーらヒトゴロシどもだって他のヤツと手を組
むだろーがよ」
同じ事だと言葉に含み、探偵は底意地の悪い笑みを浮かべた。
「私1人を殺しても、どうにもならんぞ」
「解っているさ、一度毒の入った水差しは何度濯ごうが完全じゃあない」
黒いシャツ、ジャケット、スラックス、更にショートブーツまでを黒で
染め上げた姿の探偵が、他から外れる事なく黒革手袋に包んだ指先で自
分の細い顎を軽く撫でた。
「静かだろう………今夜はさ」
彼の呟きと共に部屋の照明が切れ、代わりに非常灯が点いた。
「これは……」
「死んでいってんのさ、この建物の細胞がな」
暗闇の中、非常灯の明りだけが三人の顔を微かに互いに目視させる。
その中で、刃物の煌めきがあり、探偵の影にいた怪盗はその光を目で追
った。
「お前も死に行く細胞だ、だから冥途の土産に見せてやる」
微かな血に匂いがして、探偵はナイフをジャケットに仕舞った。
「お前らが殺人を犯しながら、まるでロゴスの逆を行くように求めたモ
ノだ………お誂いむきに今夜は月が出ているよなあ?」
黒の組織のボスも、怪盗も、身を凍らせた。
あれがここにあると?
探偵と怪盗が背にした窓から、月光が何に遮られる事もなく部屋一面に
差し込んでいた。新一が手の中のものを軽く目の高さほどにまで持ち上
げると、青白い光はその中へ一筋の道を創った。
ビッグジュエル。
小振りの卵形の透明な水晶の中に、それは存在のすべてをかけて在った。
赤く揺れ、燃え上がる焔。
「パンドラ………………」
魂を抜かれた虚ろな声をあがる。キッドも声なく今まで時を共にして来
た探偵を見つめた。
そんな素振りはちらとも見せなかった。彼が何かを所持しているなら、
行動を共にして来た自分が解らない筈はない。まして、パンドラを彼は
一体。それをどこに持っていたと云うのだ。
「ヤツがこれを偶然にも見つけたのは、キッドが一度活動を止めた後だ
ったそーだぜ」
『ヤツ』とは誰なのか、今は些細な事ではあった。
だが、過去にこれを見つけこの探偵に届けた人物がいて、それが大怪盗
にも、巨大な組織にも知られずにあったのは真実、謎だった。そして、
新一はいつからパンドラを持っていたのだろう?
「それを………寄越せ……!!」
黒の首領が呪わしい手を伸ばして叫んだ。彼等はこれを手に入れる為に
血まき散らし、死骸を積んで此処まで来たのだ。どんなものよりも望む
もの、手に入れる事を願ったものが目の前にふいに現れて、混乱がない
訳もないが、手は真直ぐにのびる。
鎌首をもたげ、獲物に一撃を加えようとするヘビのように。
新一のガードとしての役目が、キッドを突き動かした。素早くステップ
を踏み、探偵を背に庇おうとした時、月光に煌めく赤い焔を内包した水
晶は踊るがごとく宙を舞った。
「預けるぜ……!キッド」
一瞬、キッドの全神経は、彼も求めてやまなかった物へ、集中していた。
いずれ、見つけてこの手にしたなら砕くつもりのものだったとしても、
今は新一から託された脆い壊れ易気なもの。彼は両手で伝説の女人の名
を持つ石を包み、ヘビの鎌首から守った。
それらの作業に使われた時間は、ほんの一瞬一瞬だった。だが、どんな
に短い時間の中にも決められた流れがあり順がある。キッドが自分が課
せられた役目を果たした時、改めて向けた視線の中の名探偵は彼にはそ
れだけはさせまいと、キッドが決めていた事を当たり前気にしていた。
名探偵の真直ぐに逃された右腕の先には銃が構えられており、それは黒
の首領の頭を狙っていた。
声どころか息を吐く間もなく、そこからは鉛の弾丸が飛び出した……。
工藤新一の、ほの暗い熱情のようなもの。
殺人犯を追うが役目の彼が、始めて殺意をもって滅ぼしてしまいたかっ
た相手。銃弾は男の頭蓋骨を突き抜け、背後の壁に黒い染みを広げた。
「名探偵……………」
呻かずにいられようか。キッドが一番避けたい事だった。
名探偵の手は最小限汚させない。それが今回のミッションの中で自分に
課した決め事であったのに。
重いものが倒れる音がして、キッドが薄闇の中に名探偵の知らなかった
一面を知った。快心の笑み、暗い笑みがそこに浮かんでいた。
狡猾とか良く彼自身を表して使われる言葉だったが、今はまさにこの名
探偵にこそ似つかわしかった。彼は自分の望みを制し、敢て代わりとな
り手を汚すだろう怪盗の心理を知っており、それをパンドラで逸らさせ
てまんまとその意志を通した。
「さて、俺は撤収の時間だな」
突き刺さるサーチライトの白さが部屋の中を照らし、キッドは素早く我
に還ると片手でパンドラを包み、もう一方の手からマントを取り出し、
探偵と自分に被せた。
防弾処理を施されていた窓硝子が、外側から割れて激しい風が吹き込む。
「怪我を?」
身を寄せて屈んだ時に、さっきの血の匂いが記憶と現在とあわせて感じ
られ、キッドは低く問いかける。
「怪我じゃねえよ、仕舞ってたパンドラを出さなきゃならなかったから
な、俺の体はさ」
砕けて外への逃走路となった窓の向こうでは、ヘリコプターがホバリン
グ飛行し、胴のあたりのスライドのドアが開いていて、探偵の名が呼ば
れていた。
「マントは借りてもいいのか?」
「勿論」
もう問う事はない。キッドは頷いた。
『ヤツ』とは彼も名探偵をも上回る狡猾な人物だったのだろう。パンド
ラを人間の体の中に隠す事を思いつくとは。
「ヤツがパンドラを見つけた時は、それは固形でなかったってさ」
新一は立ち上がり、風に立ち向かい歩き出した。
彼の姿を縁取って、幾筋もの光線が白く放射されている。キッドはそれ
を見送る。
風と一緒に一言が届いた。
ビルからヘリコプターはもう離れていたが。
「お前も気を付けて、逃げろよ…………」
新一の乗ったヘリコプターのモーターと羽の音が遠ざかって行くと、キ
ッドの手の中のパンドラがまるで息絶えるように形を崩した。
「!」
見張った目の前で少し空いた指の隙間から、煌めく液体に似た物質が床
へと零れて行きやがて輝く形を残しながらも赤い焔がそれに倣う。
自らを構成し形にしたものが、側になくなると形を持ってられないのか。
だとしたら、パンドラはなんと高慢な宝石であり、情け深い女であるか。
キッドは床にわだかまった宝石を見下ろした。父の面影が僅かにそれに
重なり、おぼろに消えて行く。
「終わったよ、父さん…………」
父が命をかけていたものを、奴らより先に見つけて砕く。それがキッド
の宿願であったけれど。彼にはそれを手にした時、簡単に砕く事ができ
るかどうかが不安であった。父の命と引き換えにされたもの。たとえ彼
がそれに手が届く前に、命つきたのだとしても。
数年の間に追っていたパンドラは、父の生涯の証しであるかのようにキ
ッドには感じられるようになっていた。
それを砕く作業には痛みがあるのではないか?
しかし、赤い焔を持つ石はあっけなく形を失った。
部屋の中にプラスチック爆薬を設置して行きながら、キッドは笑い出し
てしまいそうな気分に包まれていた。どこまでも狡猾な名探偵。
自分の思いや願いなど、全部無碍にしてくれた名探偵。あの白い手を血
で汚し、パンドラは彼の逃走とともに砕け。
解ってしたのではないだろう。多分。彼とて全知全能ではない、只の人
なのだから。しかし、しかしだ…………。
キッドは此処での己の役目を終えると、通信機で寺井を呼んだ。彼の引
き上げ時刻も近付いていた。先立って新一の行った硝子の大きな割れ目
から黒い鳥が飛び立ち、暗く深い森の中へと静かに溶けて行く。
そして少しの後、建物は火柱をあげて爆発し、暫くの間はその勢いで燃
え上がっていたが、やがてゆっくりと内へと崩れ落ちて行った。
何もかもを飲み込んで、灰と化し……。
NEXT>>>
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段取り主義で〜す。前編終了しました〜!!あははは〜(^-^;)
NEXTゴー!な後編がどれくらいかで終わるのかは、実は解りません。
全然考えていないので。いえ、何を書くかは考えてあります。ただ、
どれくらいかで終わらせるか考えていないだけで。なので、おつき合
い頂けると大変に嬉しいです。うはv