■毘嵐風■後編
新一は雑踏の中をひとりあてどもなく歩いていた。冬も間近な晩秋の土
曜日は、人通りは週末を楽しむ人も多く賑やかで華やいでいた。
そんな日を、彼はひとりで黙々と歩く。やや憂鬱そうに細められた目は
これといって何かを求める訳でもなく、口は真一文字に閉じられて、彼
は自分のある感覚だけに集中して歩いていた。
あれからひと月が経っていた。黒の組織の壊滅は彼等が自らの一部を切
り捨てる時に良く使う手の、薬品工場の大事故に見せられ報道に載り、
大衆に受け入れられ毎日の新しいニュースの中に、埋もれて行った。
その日々を工藤新一は晴々とした気分ですごせてはいなかった。彼はあ
る人物をひと月前に見失い、それっきり気配さえも掴めずに煩悶として
いたのであった。
見失った、には語弊があるかもしれない。元はあの仕事が済めば、みん
個人に戻って夫々に今までの暮らしに戻るのが鉄則であったから。だか
ら工藤新一がキッドの在所を知らないのは今までの生活からいえば、元
の通りとも言えるのだが。
苛立ちと焦りとなにか。
今の自分の感情を冷静に分析するなら、こんな感じかも。
彼はそっと雑踏から離れると、道際のガードレールに膝を軽く当てて、
激流のような車の往来の向う岸を眺めた。人の作る雑多な流れが、向う
側にもある。
こんなに沢山人がいるのに、どうしてこのひと月探し続けてもキッドは
いないのだろうか。腹立たしく思いながらも、彼は自分を笑う。そもそ
も、キッドが東都の人間である確率はどれくらいか?使う言葉は標準語
だった、だがそれが証拠にはならない。キッドの犯罪が東都を中心に行
われているから?に、してもあてにはならない。何故なら彼は別の国に
も現れているのだから。
馬鹿みたいな話だが、新一は月夜の晩は窓を開けて待っても見た。
あの気紛れな鳥が来るかもしれないと思って。でも、鳥は来ない。
元の学生生活に戻り、放課後にはこうやってあてどもない人探しに街に
出る事もひと月続けている。彼の顔は知っているが、それはキッドでの
顔だ。普段はどんな人間かも知らないのだ。あの顔だって本当は作った
ものかもしれない。ただ、ひとりの人間として醸し出すオーラのような
気配。それだけは変わるまい。キッドを人の波の中から探し出すには、
これしか方法がないと彼は思ったのだ。
これも無謀かも。新一はぼんやりとそう思い、薄く笑った。なんだかす
ごく淋しくなって来た。本当に自分はもう、『彼』に会えないのだろう
か。そう思うと喉の奥が何か詰まったような気がして来る。
だから、最初自分が大きく瞬いても気付かなかった。感情にすっかり気
を取られて、目がある場所に釘付けになっているが解るまで、かなりか
かっていた。自分が何かに視線を集中して、いきなり動悸がするのにや
っと気付くと、彼はやにわにガードレールを跨いで車道へ出た。
ぼんやりと眺めていた向こう岸の人込みの中に、学生服の少年が歩いて
行く。自分の来た方向へ。その姿だけが、何故だかくっきりと見える。
横断歩道もない道路へ、新一は駆け出していた。
警笛と急ブレーキの音、ダッシュとたたらを踏むのをくり返し、新一は
向こう岸へ走った。車道からの音に人々が何事と目を向け始めた頃に、
新一はやっと対岸のガードレールの手前に辿り着いていた。
その時、輪郭が輝くように見えた人物もまわりの人間と同じように振り
返った。そして、目を見開き一瞬慌てた顔になって踵を返した。
淋しさはもっと現実感をともなって、新一に響いて来た。
見つけたのに、会えたのに、彼は自分に背を向けた。
何故。何故だ?
手をついて、ガードレールを一気に飛び越えると、新一は黒い学生服の
後ろ姿にタックルをかけた。
「わあっ!」
歩道にそのまま投げ出されて、二人は転がる。飛びつかれた方は慌てて
体を捻りもがいた。新一の方は逃がすものかと、ひき倒した体を頭の方
へ向かってよじよじと登った。
「ひどいじゃないかぁ!」
「は?」

「ひどいよ!オレの事嫌いになったのか!」
眼前いっぱいに名探偵のお綺麗な顔が現れたかと思うと、矢継ぎ早にそ
んな事を云われて、キッドは驚いた。
「ずっとさがしたんだぞぉ!」
続いて叫んで胸に顔をつっぷす、工藤新一。
「あ、あの」
「うううううえ〜〜〜」
嘘とは思えない泣声が辺りに響くが、キッドは見てしまった。
工藤新一が泣き出す一瞬前の顔を。
なんなのだ?この状況は?キッドはそっと新一の肩に手をおくと、ゆっ
くり起こした。確かに見た事もない顔がそこにあった。
君はあるか?工藤新一の泣き顔を!
「あ………」
「ずっとさがしてたんだ……」
なんとも頼りなげな声でそう告げて、新一はキッドを見上げた。程よい
角度で。見上げられた方は、もう降参するしか術はなく、何事と見守る
公衆の面前で相手を抱き締めるしかなかった。
顔も丁度良い位置にあったので、ついでに勢いで軽くちゅーもした。
もう逃がすなよとか、逃げるなよとか、泣かせるなよとか、完全な野次
馬的声をかけられつつ、キッドは新一の手を掴むとそこから脱兎のごと
く逃げ出した。新一は最初の勢いはどこへいったのか、従順に手を引っ
張られるまま着いて来る。
時々、くしゅくしゅと鼻をならしているのは、泣いた名残りなのだろう。
二人はキッドが向かっていた方へせっせと歩き、やがて人気も少なくな
った辺りでやっと立ち止まった。
「名探偵、どゆこと?」
片手を繋いだまま振り返って問うと、新一は潤んだ目のままジロリと彼
を見た。泣き腫らした顔でふてくされても、あんまり怖くない、むしろ
可愛い感じがした。
「オレは名探偵という名前じゃない、知ってんだろ、お前は?オレはお
前の名前はまったくの謎だけどな」
「新一さん」
「なんだよ、某さん」
名前を云うまで進展は臨めないらしい。
「………オレ、快斗って云うの、黒羽快斗」
「………快斗?」
「うん」
新一の顔はやや穏やかになった。快斗も名前を呼ばれて、なんだかこそ
ばゆいような良い気持ちにもなって頷いた。
「オレ、お前の事何にも知らないからさ、探すの苦労したんだぜ」
「本当にずっと探してたの?」
「うん」
繋いだ手をぶらぶら揺らしながら、新一が云うのに快斗は聞き返し、ま
た新一が答える。以下、多次元放送でお送りします。
「なのにお前逃げるし」
ひでえよ。
「だって」
びっくりしただけで、ただの反射だったんだよ。
「逢いたくなかったってか?」
オレなんかにはさ。
「そんな事はないけれど」
実はめっちゃ逢いたかったんだ。二度も家の前に行ったよ。
「なあ」
人前で泣くなんて何年ぶりかな。ふー。
「はい?」
オレの気持ちなんて解らないでショーね、このおひと。
「オレんち来ねぇ?」
オレの気持ちなんてきっと解らないだろうな、コンチキショー。
「いいけど」
やった!お招きだ!行くともさー!
手を繋いだまま二人は歩き出した。
新一はさっき出て来た自宅へ、快斗は向かっていた工藤邸へ。
ずっと眺めるだけだった大きな扉が開く。
夢みたいだと、快斗は感慨に浸った。隣では相変わらず手を繋いだまま
の新一が、なんだか落ち着きなさそうに快斗をちらちら見ていた。
「ま、入れよ」
「おじゃましまーす」
エントランスを抜けて奥へ進めば、ドアの向うに応接室をかねたリビン
グルームが現れた。そこまで来て、新一はやっと手を放しても怖くない
なと思い、そっと指をほどいた。
「適当に座れ、何か飲むか?」
「えと………」
「なんでもいいぜ」
悩む様子の快斗に新一がにこやかに云う。
「じゃあ、ココア」
「うっし」
テーブルを中央に四方に置かれたうちの、数人坐りのソファに快斗はゆ
っくりと腰を下ろして辺りを見回した。
広くて、静かな家。彼はここでひとりで暮らしているのか。
窓だけには幾度が訪ねた事がある。夜だから長居もしなかったし、新一
も招き入れもしなかった。それにあの頃はまだ怪盗と探偵で、今の微妙
な共犯者関係でもなく、気心が知れる感もなく、腹をさぐり合うだけの
間柄だった。
ひょんな事から彼の仕事を手伝うのが決まった時、キッドの顔で涼し気
に承諾して見せながら、中で快斗は軽いパニックを起したのを覚えてい
る。自分が彼を守る!?
短いメールが新一から何度も届きミッションの内容を知り、打ち合わせ
も何度か進めば、二人の間柄はおのずと深かまった。関係したある財団
施設内に建てられたビルで、演習が始まれば二人はセットで動き、快斗
であるキッドはいつも新一の影に潜み彼を守って働いた。
危険な仕事だったが、喜びばかりがいつもあり、得意のポーカーフェイ
スを保つのが苦労にさえなったものだ。
その日々との別れは、予定だったけど快斗の感情的には唐突で、自分の
前に新一がいない事、羽を広げるようにして守る人がいないのは、つま
らない、淋しい日々の始まりだった。
一番辛かったのは、新一がどこに居るのかを自分が知っている事だ。
このひと月の間に、二度だけ。家の前まで来た事がある。でも、家はし
んとして人の気配もなかった。自分に連絡はないが、何か後始末しなけ
ればならなくなったのかと、随分心配もした。
でも、彼は元気にしてたのだ。快斗は顔をあげて、リビングから見える
キッチンの方を伺った。そしてびっくりした。
鍋と大きい匙を持った新一が、じっとこちらを見ていたから。
「え」
「あ、いや」
新一の方も慌てた顔をして奥に引っ込んだ。ガスの音がしないのは電磁
調理機の所為か、鍋の中をかき混ぜる音だけが聞こえて来た。
自分の為にココアが練られていると思うと、嬉しさが込み上げて来る。
快斗がソファの上で足を組み喜びを噛み締めていると、音がやみ視界に
再び新一がそおっとこちらを伺うように顔を覗かせた。
「あっ」
快斗の視線に新一はびくりとして引っ込む。
「…………………」
不審な行動に快斗は頭を捻りかけて、ふと思った。
自分にとっても都合の良い考えであるが、まさか、もしかしたら。
ソファから立ち上がって、快斗はキッチンへ入って行った。新一が振り
返る。
「えと、」
鍋を前にしている新一の脇に立って、快斗は小さく囁いた。
「もう逃げたりしないからさ、ここにいるよ」
「あ、……うん」
頷いた新一の顔は、頬が少しだけ赤かった。
暖かい新一お手製のココアを飲みながら二人はお喋りした。といって
もそうそう勢いがある訳ではなく、どちらかがぽつりと何かを云うと、
相手が必死になってそれに答えるのくり返しだった。
もどかしい…………。快斗は思いながら、新一の顔をじっと見た。
そんな彼を、新一も見つめ返して来た。
カップの中はお互いもう空で、話す事と見つめあう事以外は、もうでき
なかった。
快斗が自分を見ている。
新一小さく吐息をついた。心臓はやけに煩く鼓動を打っているし、落ち
着かないといったらない。
キッドを見つけた。ここひと月の間の念願は果たした。それで、見つけ
てどうするつもりだったのか?というと、これが具体的には言葉になら
ない新一だった。
見つけた時、快斗は新一を見て一瞬逃げようとした。あの時の気持ちは
直ぐには消えそうにない。今だって、心配をしている。快斗が帰ってし
まったら、次はいつ会えるのか。
いつも頭の冴えはどこへ行ってしまったのだろう。なんだか、今の状態
は自分にして手に余る展開みたいで、どうしたら良いのかさっぱり解ら
ない。
自分は彼とどうしたいのだろうか。
新一が自分を見ている。
快斗は元の生活に戻るって事を甘くみてた自分に後悔していた。あれだ
け側に居続けて、今更元になんて戻れっこない。
だって、今度はいつ会えるか解らないんだ。さよならしたら。
さよならしたら。
そう思うと、快斗は堪らなくなった。また新一に会えない日が続く?
見つけられた時に咄嗟に逃げてしまおうとしたのは、本心の逆だ。本当
はずっと逢いたかった。でも、逢ってからその後どうなるのかと考えた
ら、恐ろしくなってしまったのだ。
離れたら、次いつ会えるのか。会える確証はあるのか?
自分は彼とどうしたいのか?
新一が立ち上がって、少し迷った後、快斗の坐ったソファの側に来た。
快斗はその新一を見上げて顔を見ると、彼は昼間と同じ顔をしていた。
泣く寸前の。
頼り無い淋しそうな顔。
快斗は立ち上がった。今度は逃げないで、手を伸ばした。
新一は少し驚いたような顔をしてから、それからゆっくりと表情が和ら
がせた。快斗は新一の両肘を両手で包み、そっと体ごと引き寄せた。
それに新一はなにひとつ抗わず、二人の胸はそっとかさなり、ややあっ
て唇もそれに倣った。
お互い、素直に無心に相手の温もりを、唇と触れあう肌から感じ取り、
呼吸の為に息継ぎはしたものの、肺が望むもので満たされたると、二人
は再び今度は長くしなやかな腕で相手を情愛をもって絡め取り、一層側
によって唇を重ねた。
「新一………、部屋どこ?」
「上……」
快斗の両腕の住人になった新一に、問いの囁きをかけると、目尻を仄赤
く染めた彼は答えた。返事は承諾も兼ねている。
細身のしなやかな体を快斗は軽々と抱き上げると、リビングを後にした。
もどかしいこの気持ちや何かは、もっと優しい言語で語られるべきだと、
ふたりは気付いたのだ。二人だけの言葉で語る事………。
「新一、大丈夫?どこもいたくない?」
「うん、なんか腰にきてる感じあるけどー」
いつも独りで横たわる場所に、今は他人と二人。
いつもは夜に寝巻きに着替えて入るベッドに裸で寝転んでいる。
「それより、お前、重くね?」
「全然」
新一の裸体の下には、彼よりやや筋肉のつきのいい快斗の裸体があって、
二人の半分重なってて、片手は繋いであって、すごく気持ちがいい。
「それで、話は戻るけどー」
「んああ」
快斗の声は触れてる肌を通して響いて来る。それもまたたまらなく、気持
ち良くて、ああいっそぱーになりそうだと、新一はさっきからの会話に必
死に戻ろうと頭を回転させる。
肉体的快楽というのは、もしかしたら脳には大変によろしくないものかも
知れない。等と思う。でも、この肉体的快楽は誰とでもこのレベルなのだ
ろうか?と考えかけて、何故かなんの根拠もなしに新一はそれを否定する。
多分、こんなに気持ちが良かったのは、相手が快斗である事が必須なんだ
ろうと思う。そして彼と分け合う快楽はおそらく、肉体だけではない何か
をともなっているからこそ、より強いのではないだろうか。
ああ、そうじゃない、そうじゃない。今、話してたのは、別の事。
「……パンドラは、見つかった時は瓶の中で、それは厳重に蝋で封印され
ていたらしい」
「液体だったって?」
「そうだ。たまたま偶然でそれを手にした奴……、実は親父なんだけどさ。
全然信じてなかったらしくて、瓶とそれについて来た鏡面文字の巻き物を
書庫の奥に放り込んで数年。ちなみに、親父の親友だったマジシャンの亡
くなった後の事さ」
新一がごろりと快斗の上から退いて、脇で枕を抱えてシーツを体にまきつ
けると、その端を捲って快斗は背中から彼を抱き締めた。
「それがどうやって、あなたの体で生成されたんだろうね?」
「蝋の封がある年に砕けたんだ。見つけたのはオレで、その頃のオレは、
……今もって健在ですが、好奇心の塊で瓶の中身を出して見たのさ」
「どこに?」
新一の今にも皮膚を突き破って羽根を出しそうな、肩甲骨を八重歯で軽く
齧っていた快斗は聞き返す。
「掌。用意ねーよな、ガキってさー」
「それで?」
「瓶の中身は綺麗な赤い液体だった。べたべたもせず、水っぽくもない、
そう、ちょうど水銀のような表面張力の強いものだった。オレは暫くそれ
を掌で転がしていたんだが、ふと気付いたら無くなっていたんだ」
「蒸発?」
「いや、オレの肌が吸収しちまったんだろう。それを親父に話したら、奴
はやっと鏡面文字の文書を解き始めた」
「はあ、黒羽盗一死後何年ですねー」
新一は快斗の頬にそっと額をこすりつけた。
亡くなった父の事を想う時、彼が心を痛めているのではないかと、なんだ
か切なくなって来て。
「解いた文は何て?」
心地良さ気に新一の額に唇を押し当てて、快斗は続きを促した。
シーツの中は二人分の体温で、気持ち良い。二人のそれの微かな差も、今
はもう溶けて交わって区別がない。皮膚までが倣ってしまった様に。
「この世に現出した時より、黄金の体、双つの宝石、何も思わぬ心、3つ
持ち得る者だけがこれを生成しうる。って」
それを聞かされたのはつい最近の事だった。
あの子供の頃、父は瓶に残った液体全部を新一の掌に注ぎ、体に吸収させ
た。子供は不思議に感じたが、父のただならぬ感じに何を問う事もなく、
ただ諄々とそれを受け入れて今日まで来た。
「黄金の体、双つの宝石、何も思わぬ心……」
快斗の顔がふっと怪盗めいた冷涼な表情を浮かべて、新一は心が戦いた。
あの白い翼の怪盗が、まだたった独りで空を巡っていた頃にパンドラが自
分の体にあると知ったら、彼はどうしただろうかと。
「黄金律の体と、宝石の色の瞳、パンドラを念わない心って事かな……」
ここ暫くで見慣れたキッドの顔になって、快斗は新一を見詰めた。
普通の者が見るならただの均整のとれた体つきだろう。だが、彼の目には
新一の体は左右に正しく対称な体であったし、瞳は文句のつけようのない
まったく同じ色の宝石。そして最大の問題は「パンドラ」に患う事のない
心だ。
工藤優作にしても、その息子にしても。違いへの信頼というのは凄いもの
だと、快斗は思いかけて、互いに無関心なのかもに切り替える。
「新一は、おとうさんが何をするつもりなのかって、不安にならなかった
のか?」
「あん?親父が?心配したってしかたねえよ。親父はしたい事はする、そ
れ以外には何の興味もねえ奴だから」
今回のミッションの為に久しぶりに会った父は、その場で息子を協力団体
のひとつであるアーカムの研究者に預けた。左腕の付け根近くで石は精製
されていた。検査で分った事だ。
訳もわからず事の流れに身を任せていた息子は、ほくほく顔の父に褒めら
れてきょとんとし、ややあっての言葉にうすら笑いを浮かべたものだ。
「君のボディガードに、お前はこの世でお前しか与えられないものを提供
してあげられるよ」
キッドが望むものを、自分が与えられる?
パンドラは使用する寸前まで、人の体内になければならず、出せば形を失
い粘りのある液体になるだけ。選ばれた人間の側から離れるならば、その
時石となっていても砕け散る。
研究員に説明を受けた新一は、ミッションに参加を決めた後のキッドとの
会話で彼が「パンドラ」をどうしたいのか聞いていた。
偶然とは神がかりなものだ。
新一のその時の感想はそれだけ。
「お前に黙っていた間は少し辛かったけど」
ここにふたりのキッドが時を繋げて探していたものがある。
白い鳥を絡めていた女の名を持つ呪詛を、新一は何度も解きたい衝動に駆
られては自分の狡猾さで、それを押しとどめた。
「すっかりやられてしまいました」
「怒っているか?」
「いや、……ちっとも」
「パンドラ」の処理については、新一の思惑が快斗に取っては益に働いた。
自分で「パンドラ」を砕かずに済んだのは、快斗には安堵になっていたか
らだ。こだわりがあるとしたら、ひとつだけで。
快斗は新一の左腕の付け根にキスし、それから右手を取って掌にも唇を強
く押し当てた。
「この手を勝手に血で染めやがってさ……」
「あれはオレの背負うものなんだよ」
笑って新一は快斗の頭を抱えた。
「お前が独りで何かを背負って行くように」
でも独りぼっちじゃなくなったよな。と新一は続けて、自分から快斗の唇
を求めた。
「なあ、もう飛ばねーの?」
「飛ぶ理由はなくなっちゃったよ」
「ちぇ」
起き上がって快斗を見下ろし再び新一は寝転がった。
お互いの顔が逆さまに目の前にある。
「でも、誰かが望む時は飛んでもいいかもね」
目の前の双つの宝玉が輝く。
「パンドラ」にあの輝きを与えても、この石に曇りも衰えもない。
快斗の膝に頭を預けて、新一が笑う。
「オレさ、キッドが夜空に飛ぶのを見るのが大好きなんだ」
「……、オレの事は?」
暫く部屋の中はしん…となり。
ばふん!という音共にまくらの羽が派手に舞った。
窓からの劫初の風に拭かれて。
終わり【毘嵐風】
=============================
終わったわ〜、たりたりたり〜。(くるくる回転中)
是非にご感想頂けると嬉しいのであります〜。(乱舞中)
初心者だから!(正座中)m(_ _)m ぺこりん。
<イラスト>
漣さん!(^_^)ありがとうございます〜v